痰飲としての拒食症

◇太るのが怖かった

「もっと体重があったほうがいいということは頭ではわかっています。でも、これ以上、あた太ることが怖くて」

そう切羽詰った表情で訴える沙織に、5年前のおっとりした印象はなかった。
食事を余りとらず、間食に甘いものを食べる。食べ過ぎて罪悪感を感じ、吐くこともある。

「体重が増えることが、ても不安なんです」


高3までは、ごくふつうの女の子だった。

学校から帰ると、いつもおなかがぺこぺこで「ただいまー」と玄関で靴を脱いだ後、すぐに「おなか、すいたよ!」と佳代子におやつを準備をしてもらっていた。
着替えている間に佳代子が用意してくれたおやつを居間で食べながら、学校での出来事や友達の話を楽しく佳代子にしたものである。




別に太っていたわけではない。
最初は親しかった友達に付き合って一緒にダイエットを始めただけだ。
しかし、同級生達の「痩せてかっこいいじゃん」という一言が心地よく耳に残り、さらなるダイエットに向かったのである。

その一言に、いまは何も感じない。でも、そのときから心の中の歯車がずれたままになっている感じがする。

いまも、おなかはすく。
たぶん、すいている。
でも食欲がない。というか、食欲が、わからない。
何をどれだけ食べればいいのか、わからない。

食べるのを我慢している意識はある。
おなかはすくし、我慢しなくてもいいのも頭でわかっている。
でも、どうしたらいいかわからない。
もっと体重を増やしたほうが健康に良いことも、わかっている。
体重を増やして健康体に戻りたい。



実際に、体重の減少にともない、明らかに体力が落ちている。
おなかの調子も良くない。
少しでも食べると、すぐに胃がもたれる。


そして、おなかが痛くなる。便秘と下痢を繰り返す。
生理もこのところ、ずっときていない。
もともと冷え症だったのが、さらに寒がりになった。


しかし体重が増えるのが怖い。







体力の低下に伴い、精神的な集中力や持続力も落ちている。
学校の授業を1コマ、最後まで集中して聴けなくなった。



「沙織ちゃんの場合、精神面で”気”の流れがぎこちなくなっているのが原因のようです。
本来スムーズに流れて欲しい気の通り道に、何か邪魔なものが粘り着いていて、そのせいで気がサラサラと流れず、不安や恐怖にいつまでも追いかけられてしまっている状態です」





頭では分かっているが体重が増えるのが怖い、何をどのくらい食べればいいのかわからない、といった精神状態も、原因はここにあります。


と蓮見は言う。



「この邪魔なものを漢方で”痰飲”といいます。痰飲は気管支や肺だけでなく、さまざまなところに付着して、いろんなものの流れの邪魔します。その痰飲を”捨てる”働きのある漢方薬で体質から改善していきましょう」


漢方薬の効果は、思っていたよりも早く現われた。
2ヵ月後、体力が少しついてきたようだ。

中医学、つまり中国の医学では、痰飲は重要な病邪のひとつですよ」






■痰飲と拒食症

拒食症など摂食障害で悩む人は、最初はちょっとしたことが起きただけなのに、
それがきっかけとなって複雑な迷路に入り込み、そのあと迷路から出られなくなってしまっている、という場合が多いようです。


10代までは、身体の成長発育に合わせて栄養などを「補う」ことが大事でした。
しかし、20歳を超えると、肉体の成長発育はもう終了してしまいますので、補いすぎに注意する必要があります。
20代は、身体にたまる余分なものを「捨てる」ことに配慮していかなければなりません。


痰飲とは、体内にたまっている過剰な水液、水分、湿気のことです。
水は生きていく上で必要不可欠なものですが、多すぎると病気の元になります。

痰飲は、腎機能障害や発汗障害など目に見える形での水の流れの異常だけでなく、
各種炎症や分泌異常、循環障害、免疫異常、ホルモンバランスの崩れ、代謝異常、自律神経の失調でも生じます。

痰飲が形成される背景には当然、食生活の不摂生、暴飲暴食、さらにストレス、環境変化、運動不足など、
生活習慣上の要因が深く関係します。


痰飲は、さまざまな場所で生理機能に障害を与えます。
消化器系では胃腸の機能低下の原因となることが多く、胃炎や腸炎、肝機能障害などを引き起こします。
その他、高血圧、狭心症脳梗塞、関節炎、神経痛、自律神経失調症などの原因にもなります。


さらに、痰飲は気の流れを邪魔して、精神面で障害を引き起こすこともあります。
不眠症うつ病統合失調症、不安神経症、対人恐怖症、強迫神経症、拒食症、過食症などに痰飲が関与していることは少なくありません。

沙織ちゃんは、このパターンだったわけです。

痰飲は余分な水液ですので、吐き気や頭重感、痰の多い咳、のどの閉塞感、腹部膨満感、おなかでぽちゃぽちゃ音がするなど、
湿っぽい症状や、つまった感覚を伴いやすいのが特徴です。


漢方薬を服用することにより痰飲の体質が改善されていくと、
病気がよくなるだけでなく、同時に痰飲による症状も消えていきます。

沙織ちゃんの場合も、拒食症の改善と並行して、厚かった舌苔が消えていきました。

(漢方に恋して 幸井俊高 春陽堂









■■ふとしたことで摂食障害に■■

摂食障害ですね」

 病院でそう言われたのは4か月前だった。

 その頃のわたしの体重は40キロを割っていた。急にやせ細ってきたわたしを見て心配した両親が、わたしを病院に連れて行った。

 食事がたべられなくなったのは、その半年ほど前からである。

「太ってる人って、苦手なんだよね」

 当時つきあっていた彼の一言が、わたしの心にぐさっと突き刺さった。

 小さい頃から意地っ張りなわたし。その日からシビアなダイエットが始まった。

 そのうち太ることが不安になった。どれくらい食べればいいのか、わからなくなっていった。太ることへの恐怖心も感じるようになった。

 仕事にも支障が出てきた。体力的に弱くなり、残業ができなくなった。集中力も低下して単純なミスも増えた。部長と相談して仕事量を少し減らすことになった。

 反動でたくさん食べては吐く、また食べては吐く、という行動もするようになった。食事はほとんど食べないのに、夜遅くなってから無性に甘いものが欲しくなり、菓子パンをたくさん食べてはトイレで吐く。いわゆる過食嘔吐である。吐いたあとは罪悪感にさいなまれ、とても惨めな気分になった。

 自分ではこんなにやせてはいけないとわかっているのに、太ることへの恐怖心がふつうの食生活への復帰を妨害した。こんなところで意地を張らなくてもいいのにと思っても、ふつうに食べることができなかった。

 病院の先生は、診察のあとで、こうおっしゃった。

「その意地っ張りな性格を変えれば拒食症は治りますよ」

 ちょっと心のバランスを崩しているだけですから、しばらく薬を飲んでください、と軽くおっしゃって、向精神薬が処方された。両親は落ち込んでしまい、わたしはそれを見て申し訳なく思った。もちろん自分では向精神薬が処方されるなんて思っていなかったから、悔しかった。

 同期の健太くんが心配そうに声をかけてくれた。

「おい亜紀、さいきん元気ないけど大丈夫か」

 同僚の曜子も心配してくれた。女性同士なので、曜子にはいろいろと話をして相談に乗ってもらった。

「なんだかその病院、冷たいわね」

「そうね。両親も落ち込んじゃって」

「ねえ、漢方も試してみたら?」

 聞くと曜子は子宮筋腫を漢方で改善したとのこと。化学薬品より、漢方薬でからだの中からじっくりと元気になったほうがいいのでは、というのが曜子のアドバイスだ。

 さっそく曜子の通っていた漢方薬局に行ってみることにした。



■■気分をゆるめる漢方薬■■

 漢方薬局には両親も一緒に来てもらった。

 これまでの経緯についてカウンセリング室で漢方の先生に詳しくお話しした。

 わたしの悩みは、体重の減少と体力・気力の低下もさることながら、体重増加に対する恐怖感やこだわり、それに体重を元の状態に戻したほうがいいのは頭の半分では理解しているのに実際の行動とうまく結びつかないことである。

「頭の中では、体重を増やして元気にならなきゃと理解しているんです。でも、同じ頭の中に、太ることへの恐怖心や罪悪感があって、どうしても食べられないんです」

 先生によると、わたしの場合、五臓六腑のひとつ「心」が強く、別の臓腑の「脾」が弱いそうだ。それで五臓六腑のバランスが不安定になり、拒食症というかたちになって出ているとのことだ。

「亜紀さんの頭の中は、まったく正常です。相反する二つの考えをもつことなんて、だれにでもあることです。ただ亜紀さんの場合は、考えすぎて、こだわりすぎているようです。それが体調に悪影響を及ぼすようになってしまったのでしょう」

「そうなんです。病院の先生には、意地っ張りな性格を変えれば拒食症は治る、と言われました」

「意地っ張りは意地っ張りでいいのですよ。それは亜紀さんの性格ですから」

「でも、その意地っ張りな性格が拒食症の原因、と言われて」

「性格は性格、人それぞれ、いろんな性格の人がいて、いいのです。みんな同じ性格では、つまらないでしょう。みんな違うから楽しいし、いろんなことができるのではないでしょうか」

「それはそうですけど」

「ただ、そういう性格が体調に悪影響を及ぼさなければいいのですよ。これから漢方薬を飲んで臓腑のバランスが調って元気になれば、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。頑張ってみます」

「どんな性格にも、いい面とわるい面があります。わるい面はさらっと流して、いい面をどんどん伸ばしていけるようになってくださいね」

 一緒に漢方のカウンセリングに来てくれた両親も、ほっとしたような顔をした。わたしも両親も、緊張して硬くなっていた気分が少しゆるんでくれた感じがした。

 さっそく「心」をゆるめて「脾」を補ってバランスを調える漢方薬をしばらく飲み続けることになった(漢方道の必殺技④)。

 なお先生がおっしゃるには、拒食症の人はみな「心」と「脾」のバランスがわるいというわけではなく、ほかにも「肝」が敏感になっているタイプや、「痰飲」という体質の人も少なくないそうだ。

 過食症も同じことで、やはり心身のアンバランスが根本にあるとのこと。ふとしたきっかけで五臓六腑のバランスが崩れ、心とからだ、考えていることと行動とがちぐはぐになってしまうのだそうだ。わたしと同じように親しい人のちょっとした一言や、ダイエット、雑誌やテレビの情報がきっかけでなる人が多いとのことで、最近では漢方のカウンセリングに来る人も増えているそうだ。

http://www.kofukuyakkyoku.com/chui/chui_89.html














○余分なものの停滞

気の流れを邪魔するものとしては、食べ物や便のほかに、邪気(身体に悪影響を与える因子)の影響、血(けつ)や水(すい)の滞り などがあります。

食べすぎ
食べすぎは「脾胃(ひい:消化吸収に関与)」に負担をかけます。
適量を食べたときであれば「脾胃」の気はスムーズに流れ、きちんと消化吸収することができます。
しかし、自分の処理能力以上のものが入ってくるといくら頑張っても消化しきれずに、そこで気の流れも停滞してしまいます。

<伴いやすい症状>
食後にお腹が張って痛い(一時的)・ガスがでると楽になる・げっぷが出る(酸腐臭)・便秘や下痢・吐き気 など

<漢方>
消化を助けるものを使います。

<予防>
・食べ過ぎない(腹八分目)。
・よくかんで食べる。
・早食いしない。
・脂っこいもの、味の濃いものの摂り過ぎに気をつける  など

一日中眠いのは、中医学では多眠症といいます。

多眠症のなる方の体質は、胃腸が弱く、食後に眠くなる傾向の方が多く見受けられます。

また、他の何らかの影響で、お腹が冷える、胃腸の働きが
低下してお水が溜まるなどの原因で、一日中眠くなる。という症状が起こります。


また、体が冷えすぎて気力が無くなってしまう方にも
眠くて眠くて仕方が無いという方もいらっしゃいます。

胃腸の水が溜まっている兆候として、ぐるぐる音がなる
ちゃぽちゃぽと水の音がするんなどがあります。
胃腸の水分代謝を改善する漢方で対応します。


体が冷えている人は眠くなりやすく、冷えるとすぐ
下痢をする傾向があります。お腹をあたためて
下痢を改善し気力をアップする漢方で対応します。






漢方に恋して

漢方に恋して