発達障害経由の摂食障害??


もしも「発達障害経由の摂食障害」というものがあるのであれば、向き合うべきは摂食の不具合ではなく発達障害とそこからくる生きづらさである。決して摂食の不具合ばかりを責めていても自体は収集しないし誰も幸せになれない。

ただし、発達障害愛着障害(コミュニケーション不全)はとてもよく似ていて、判別が難しいので専門家の助けが必要なこともある。









■拒食症の特徴

・悩みや不安・葛藤などは何も訴えず、むしろ体重が減って幸福そうにさえ見える
 失感情症(アレクシサイミア)
・一見、活発で元気そうに動き回り、学業や仕事も続ける(活動性の亢進)
・肥満恐怖、痩せ願望、身体像の歪み
・自分が心の病であるという意識(病識の欠如)



過食症の特徴と背景

・自己誘発性嘔吐、下剤などの浄化行為

・心のストレスが溜まった時に
 驚くほど大量の食べ物を1人で隠れて食べる。
 本心は食べないで痩せたいと思いながら
 摂食行動を自分でコントロールできない。
 空腹感と満腹感の区別が分からなくなり
 「いつまでも食べ続けるのではないか」という恐怖心を抱いている


・食べ物を味わわずに胃の中に勢いよく詰め込むかのような食べ方

・痩せ願望と肥満恐怖

・吐きダコ、エナメル質が胃酸のため溶ける


・性格が几帳面、真面目で完ぺき主義、強迫的、潔癖症の傾向がある

・発症の契機となるものは同年代との嫉妬を含む葛藤、成績の低下や受験の失敗、失恋、肥満の指摘、など

・家庭内不和、機能不全家族の中で育った

・性格心理傾向として、自分の感情の「言語化」が苦手。あまり自分を好きに成れない(自己像・セルフイメージが低い)

・発祥の契機は自律の失敗、人生の挫折体験

・二次要因として、脳の中央部にある摂食中枢(空腹と満腹を感知し、摂食行動を調節する神経系)が機能障害を起こし、
 正常に働かなくなる

・小児期の養育環境

・脳の前頭葉において、セロトニン系による自己抑制が働きにくい


・現在の自分に劣等感を抱き、みじめで絶望的な状態だと思っている。
 しかも、親が間違った育て方を下からこうなったと「被害者意識」を抱えている。
 その一方で親への甘えと依存願望がある。幼時が駄々をこねて自分に関心を向けさせるのにも似た行動に出る。



・心の中に、強い抑うつ気分、悲哀感、不安焦燥感(寂しさ、1人で居られない)孤独感、怒り、自己嫌悪感、絶望感、無力感などを抱いており、これらを刹那的に解消するために過食に走る(内心の不安や葛藤を言葉で表現する「言語化」ができないため過食嘔吐という行動で訴える「行動化」のメカニズム)。

 しかし、過食すると、これらの葛藤は一層強くなるため、また過食を繰り返すという悪循環に陥ります。




















■中枢神経の問題も…



拒食過食などの摂食障害は他の依存症とは違って、純粋に「心の病」と言い切れない肢体的な部分があるのを感じます。


例えば、ダイエットの後に来る過食症というのは
異常や病気というよりも栄養失調に対する、身体の「正常な防衛反応」の要素がある。

(その空腹を超えて、自分の中にある許容量を護れないときに食べ過ぎた!太ってしまう!!予定外の量を食べた!と思って
 帳消し行為をしてしまう。どうしてもあきらめきれない。→痩せと言う万能感を求めるのをやめないといけない。
 それと同時に、過食は空腹に耐えられなくなった時以外に人とうまくいかなかった時にも起きると実感できているので
 人とうまくやることの練習、そんな簡単にはうまくいかないという事実受け容れる(自己愛の断念)そして他の健全な方法で
 自分を癒すこと。自分で責任を持って自分を保っていく。その一方で過食に支えられているんだから、
 そこを抑え付けるのは危険)


ええ、それはある。
実は摂食障害というのはADHDの無い人が多い。3割くらい。
結局、脳内の視床下部に摂食中枢といって、
空腹中枢と満腹中枢が隣り合っている部位がありますが
それを自分の意思で抑えよう、コントロールしようとして
後からコントロールできなくなってしまう。
つまり、支配しようとする人が、かえって支配できなくなってしまう、

その場合の食欲異常は
心の病という要素のほかに
無理なダイエットに対する身体の防衛反応、
正常に戻る前のプロセスとして
受け容れることも必要なのではないか。
あまり、「自分はおかしくなった」と病的に思いつめると
異常が長引くのでは。

女性にとって食べることも性の営みも「相手と一つになる行為」





■依存症が増えるわけ

ストレス社会。
各個人が孤立がち。
本来、日常生活のストレスは適切な人間関係の中で
おしゃべりや一緒に遊ぶことを通して解消していくもの。
それができなくなっている。
一人ひとりが自己完結型になっている。
ストレスが増えているのに、それを発散する手段が少なくなっている。
(自分だけではどうにも出来なくなると、発散の迂回路が必要)

そこにあいた穴を埋め合わせるように依存症が広がっている。
結局、他人とうまく付き合えないことは
自分とうまく付き合えないこととつながっている。
依存行為が止められなくても困っている、と言う人でも
それにハマっているうちは
自分の本当の問題に向き合わないで済む。
問題から逃げるために、わざとやめずにいる心理もあるのでは。

やっている間は嫌なことを忘れられる。
そうしている間は自分のことを客観的に見れらない、つまり「自己認知」ができない。

つくづく現代人というのは
裸の自分と向き合うことができなくなっている。

直面化を恐れる。








・直面化を恐れ迂回路を使う=依存症



「直面化」を避けるという心の癖が蔓延している。
自分の本当の欲求や真の感情をまともに受け止めず
別のものにすり替えたがる習性。
つまり、依存行為は”自らの欲求や感情を自覚せずに済ますための”目くらまし”となっている。

実は、欲求や感情を抑圧するにはかなりのエネルギーが必要。
それだけ多大なエネルギーを依存行為に注ぎ込んでまで、
自分が真に求めるものを「正しく感じる」ことが怖くて
逃げてしまう。

背景にあるのは
私たちがあらゆる場面において
正直な欲求が湧く前に別のものを押し付けられがちな社会に生きているから。
例えば家族にあっては
自分のありのままの感情を親対から抱きとめてもらえず、
正直な欲求を抑圧されてきたために
自分にとっての「必要・不必要」の判別が下手になってしまったのが
ACといえる。さらに家庭の外では
メディアからの
「ダイエットのためにはこれを食べるべきだ。アレを食べてはいけない」といった商業本位の誘導的な情報が
私たちの自ら判別する力を弱めています。
こうして欲求を正しく感じ取る感受性が鈍くなっているからこそ、
多くの人が依存症に陥りやすくなっているのではないでしょうか。

こうした感受性の麻痺状態を解消するためには
外から入ってくる情報や期待の圧力に屈することなく、
内側から湧いてくる「快・不快」「必要・不要」といった感覚を丁寧に自覚する練習を続けるのが
有効であることを付け加えておきましょう。







◇家族と言う環境



■システム論的家族療法


子どもに現れた精神病理や行動障害は
母親のみならず、家庭と言う環境(エコシステム)全体の歪みが原因であり
子どもはそのスケープゴーストになっている



依存症の治療のために来られた患者さんが、実はADHDだった、というケースが少なくないからです。ADHDは、
注意欠陥多動性障害」という訳語から誤解を招きやすいのですが、知能の高い低いとは関係ない、
脳機能の軽度の発達アンバランスといえます。そのために、他の子供に比べて、落ち着きなく動き回るか、
ボーッとして忘れ物をしやすい、といった特徴が表れます。
ADHDの問題は、一見して普通の子供であるために、障害が発見されにくいことです。
代わりに「なぜ他の子にできることができないのか」「だらしがない、不真面目だ」と親や教師から責められて育つために、
自己評価が低くなっていきます。
ADHDの人が成長後に陥る依存症は、ADHDそのもののせいというより、
ADHDの「二次的情緒障害」といえます。結局、ACもADHDの二次的障害も、家族の問題とは切り離せないところがあります。
問題児は、その家族の抱える問題を心の病気という形で代弁する、犠牲者ともいえるのです。

家族とは
それぞれの構成メンバーが複雑な人間関係を織り成して形成する
有機的な組織体(システム)」である、と考えます。
したがって、メンバーの1人である子どもが不登校になった場合、
それは母親が過保護的、過干渉的に接した事が原因だ!といった、
従来の医学モデルに見られる
「直線的な因果論」は用いません。

子どもに現れた精神病理や行動障害は、
母親にもならず過程という環境(エコシステム)全体の歪みが原因であり、子どもはそのスケープゴースト担っていると考えるのです
たとえば、
祖父母の発言力が強く、
実験を握っているのある家庭では
祖父母が子供の母親が意見を軽視して
孫の養育に口を出してきます。

しかも父親は
祖父母に反抗したり、自分の妻である母親を守ってあげる事をせず
「逃避的な中立」の態度を決め込みます。

すると母親は
家庭内で孤立して精神的に不安定になり、その結果、
子どもへの養育態度が偏り、
時にヒステリックに叱責したり、
逆に母子密着したりすることになります。

このように育てられた子どもは
過保護的な母親からの心理的乳離れができず
社会性と自我の発達が未熟となってしまい、


不登校や非行へと繋がっていきます。
すると、祖父母は
「母親であるお前の育て方が悪いからこうなった」と
一層母親を責めるようになり、
原因となった家族病理が強化されることがあります。

このような
「循環的な因果論」で考えるのが、
システム論なのです。




依存症の真相―アダルトチルドレンとADHDの二重奏

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