アドヒアランス〜医者を完全には信じられない時代に生きて〜






○情報の非対称性が是正される時代の医者との関係


ネットが無い時代を育ってきた50代以上の人たちを観察すると、
「お医者様は神様、診て頂いてありがたいやありがたや」というような医者に対する畏怖を抱いている人が殆どだ。
無理もない。医療従事者でもない限り、医療についての知識など得られなったのだから。
得られないからこそ医者の言うことは絶対だと信じてきたし、信じるしかなかった。

そこで、いくばくかの人たちは医者の儲けのために簡単に利用されたことだろう。


しかしながら、現代は、もう医療の知識はネットに溢れている。
もちろん、本物の知識なのかどうかを見極めるのは受け手の責任であるが、
医療に従事していなくとも、かなりの事を知れるようになった。


そのことによって、情報の非対称性が薄まれば、必然的に医者への信頼は全幅なものでなくなる。
そして、同時に、医者が「答え」をくれることが少なくなることも。


良くも悪くも、医者を完全に信頼できていた時代と違って医者の診断を疑わざるを得なくなる場面も格段に増えるだろう。
それゆえに、面倒だって事もある。
患者が最後は自己責任で治療を選択しなければならないかもしれないし、患者自身が自分の治療を考えなければならなくなるかもしれないからだ。









アドヒアランスとは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味する。
従来、医療者は「医療者の指示に患者がどの程度従うか」というコンプライアンス概念のもと患者を評価してきた。したがってその評価は医療者側に偏り、医薬品の服用を規則正しく守らない「ノンコンプライアンス」の問題は患者側にあると強調されていた。しかし実際の医療現場では、コンプライアンス概念で乗り越えられない治療成功への壁が存在した。そこで、患者自身の治療への積極的な参加(執着心:adherence)が治療成功の鍵であるとの考え、つまり「患者は治療に従順であるべき」という患者像から脱するアドヒアランス概念が生まれた。

http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%92%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9






■対人関係を双極性障害の症状から守る


役割期待を整理して「ずれ」を作らないようにしていくことは
双極性障害という病気から大切な対人関係を守っていくことにつながります。

今でも時折、双極性障害の患者さんに向かって
「相手の人生を台無しにしないように、恋人と別れたほうがいい」と
勧める治療者がいます。

これなどは、病気によって対人関係が振り回されてしまっている典型でしょう。

本来は、対人関係の中に病気を位置づけるべきであって、
病気が対人関係を支配すべきではないのです。

たとえば、本人の将来を極端に心配している家族が
過保護になるあまり、
成人して久しい本人がまるで無力な子どものような扱いを受けていたりします。

これは、もちろん本人の自尊心にもマイナスだと思いますが
同時に、本人が家族を支える力が生かされていないと思うのです。






以前、その話をさせていただいた機会に、
双極性障害の親御さんを自殺で亡くされた方が
「本人も一緒になって病気に対する作戦が立てられるような日が来たら、
 なんと、すばらしいんでしょうね」と涙を浮かべておられました。


それが家族の願いであり、私たちが目指していくべき方向なのだと思います。





病気が対人関係を乗っ取ってしまうと、
相手とのつながりすら失われて感じることにもなります。

でも、人間としてのつながりを維持したままで、その中に病気を位置づけることは可能なのです。

対人関係療法でなおす双極性障害 水島広子 創元社













対人関係療法でなおす 双極性障害

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